
いものではないが、数年を費やして組み上げられた基礎的で綿密な研究計画の内容には、今後わが国でこのようなプロジェクトを企画する際に参照すべき点が多く含まれているように思う。現在はまだ実用化に向けた応用的な研究よりもメソコズムを用いた閉鎖系での実験的な研究に重点がおかれており、そこで得られた基礎的な知見をフィールドに実地に適用するまでにはまだかなりの時間が必要であろう。 わが国でも同様の主旨から、湧昇流を強化するような構造者を海底に設置し、下層の豊富な栄養分を光条件の良い上層に供給することによって海洋の基礎生産を人工的に高めるための試験研究が開始されている。瀬戸内海の豊後水道で実施された現場調査の結果によれば、構造物により湧昇流を引き起こすことは十分に可能であるが、それを生物生産の増大につなげるためには構造物の設置規模を大きくする必要がありそうである。実際に沖合では規模を大幅に拡大した「人工海底山脈」構想も提案されている。また、わが国では海洋科学技術センターが中心となって、深層水を取水管を用いて直接に汲み上げてその豊富な栄養物質や周年にわたって安定した低水温特性を陸上の養殖生産やエネルギー資源に利用する試みがなされている。1989年には高知県の協力により室戸市に本格的な深層水利用開発のための研究を推進する海洋深層研究所が設立され、沖合の水深320mの海水が1日に1000トン汲み上げられ各種魚介類や冷水性の海藻などの増養殖試験に用いられている。最近、富山県にも同様の研究施設ができるなど海岸に面した幾つかの自治体で深層水の利用に対する関心が高まってきている。 MARICULTの構想段階でも海洋への栄養添加の方法について幾つか議論があり、構造物による人工湧昇流の強化や深層からの海水の汲み上げなどの可能性や妥当性について検討がなされたが、コストや管理のしやすさ、環境への影響の大きさなどから施肥による肥沃化が主要なアプローチとして選ばれたようである。基本的にはコストの問題であろうが、他にも構造物により自然を恒久的に人工化することに対する懸念が強いことや、沿岸海域の富栄養化が平均的にはまだそれほど進んでいないので栄養を直接添加することへの抵抗が比較的小さいこと、低水温の資源としてのメリットが大きくないこと、さらにはフィヨルド海域の物質循環や生態系に対する外海の物理的な外力の変動の影響が非常に大きくその制御が難しいことなどがその選択の背景となっているものと考えられる。 プランクトンの生産を資源生産に有効につなげるためには、研究成果を海洋牧場など資源増殖を直接の目的にした技術開発とうまく結びつけることが必要である。MARICULTにさきがけて開始されたPUSHはそれを先取りした研究プログラムとして位置づけられる。まだ事業として展開できるところまで成果があがっていないのが実状のようである
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